「 本当の成仏 」
ずっと供養をしているけど
亡くなったものは本当に眠られているのか
本当に供養ができているのか
そうおっしゃる方が多くいらっしゃいます
死者にとって供養をしてもらえることは
とても有り難いことです
しかし、死を迎えた悲しみ
死してこそわかる苦しみは
残念ながら
「お供え」や「お経」などで
消えることはありません
なぜなら
「安らかに眠ってください」と
食べ物を捧げたり
「お釈迦さまの手紙」を
読み上げたりする行為は
人々が食や病や死後に関して
満たされていなかった
時代のなごりです
供養をすることが誇りであり
人生が苦から逃れること
学び悟ることで死後
安寧な時を迎えられると考えられていたからです
2000年代を迎え
地球史上
最もたくさんの情報を手に入れる
ことができる時代になりました
自己が満されるだけの
学び・食・情報・生活保障は
手に入ります
手に入れられないものに
「 価値 」がもたらされるようになりました
すこし想像してみてください
あなたが今、この満たされた
社会から離脱し死を迎え
残念な想いを抱えた霊(死者)になる
もっと生きて活躍したかった
恋愛がしたかった
違う仕事がしてみたかった
大切な家族と離ればなれに
なってしまった
死してこそ
心は叫びます
この無念な想いは
お経やお供えで
消えそうですか?
自己愛ばかりが増え続ける
この世の中で
本当にあなたの死に対して悲しみ
時間と心と財までつぎ込み
想いを注いでくださる方が何人いらっしゃいますか
死や死後に対して
これが真実だ 大切だと
思い込んできた概念が
見直され「本質」が求められる時代になりました
「 永眠 」は
宗教ではありません
これだけは
はっきりと述べたい真実です
この事をしっかりお伝えした上で
「 死 」や「 死後 」のことを語りましょう
人は死を避けることはできません
その時抱くさまざまな想いも
消すことはできません
人は肉体を無くし「霊」となり
残した想いを抱き歩みだします
形を持たない塊は
人・家族・知人
愛するもの・憎む者にも
そして
気持ちあるものの中を
彷徨い真実を知ります
その際、嬉しく穏やかに感謝する「 霊 」もいれば
眠るにも眠れない口惜しさや苦しさに苛まれる「 霊 」もいます
生きていた時間のおこないや
人間関係、通ってきた道は
どうだったのかと人生を振り返ります
霊はよく「 あの世にいる 」という人がいますが
その「 世 」とはどこにあるのでしょうか
その世界を証明した人がいるのでしょうか
「 あの世 」など存在しません
死者(霊)は私たちと同じ空間
同じ場所に存在しています
怖さを感じられる方も多いと思いますが
あなたのそばに、あなたの中に存在します
病(やまい)も恐ろしくまた怖いものです
ですが身近なのも事実です
「 霊 」の存在も身近にあるのが
現実です
ほとんどの皆様は
身内の死者(霊)をそばで感じています
身近な人(霊)の存在は大切なのですが
他の「 霊 」は存在して欲しくないのです
人間の勝手な心情です
肉体をなくしたその時
一番に受けとめる事実
それは
もう二度と
人として触れることも話すことも
できないということ
死とはそういうことだと
わかってはいても
戻ることはできないということ
もう二度と存在する人物には戻ることができないのです
辛さや苦しさ・嬉しさや愛おしさ
すら誰にも伝えることができないのです
だから「死」は怖いのです
EIMIN(エイミン)には
生まれ持って死者(霊)と
話ができるものがいます
そしてただ、会話ができるだけではないのです
生きている世界にも「専門家」が存在するように
「 成仏(永眠)」に導くために生まれたもの
そのものは、ただ選ばれたものというだけではなく
生命体の成り立ちという基礎を学び、人間と霊との間を
常に生きつづけていなければなりません
霊と一緒に向き合い話をし
生きていた時代の想いに触れて
死者の想い残しに向き合います
そして生きていた時代の
「 何故 」を解いていきます
わたしたちは死者(霊)と同じ歩幅であゆみます
「 成仏 」と「 永眠 」は
どう考えても
一瞬で出来るものではありません
時間と労力と尽力と心と愛情と
計り知れない業(わざ)が必要です
もちろんこれらに関わる
費用も相当かかります
上記内容がすこしでも心に響けば
それは、あなたの心に響いただけではなく
あなたの中に存在する
大切な方(死者・霊)に響いた
のだと思ってください
生前の想い残しがなくなり
二度と目覚めることない
永遠の眠りにつくこと
これが
「 本当の成仏 」です